肌の水分蒸発：経表皮水分蒸散量

肌の水分蒸発：経表皮水分蒸散量

目に見えない水分の放出

私たちの肌は、常に感じることのできない水分を空気中に放出しています。まるで、肌が静かに呼吸をしているかのようです。この現象を、肌から蒸発していく水分量という意味を持つ「経表皮水分蒸散量」と呼び、略して「TEWL（ティーイーダブリューエル）」と表現します。TEWLは、肌の健康状態を測る重要なバロメーターであり、一平方メートルあたり一時間あたりにどれだけの重さの水分が蒸発していくのか、グラムで表されます。普段はあまり意識することはありませんが、私たちが運動したり、熱いものを食べたりして汗をかくのとは別の現象です。汗は汗腺と呼ばれる器官から出てきますが、TEWLは肌の表面全体から常に蒸発しています。健康な肌であっても、ごく少量の水分は常に空気中に逃げていきます。この蒸発する水分の量は、肌の状態によって変化します。例えば、乾燥や炎症などで肌が荒れているときは、TEWLの値が大きくなります。これは、肌を守るバリア機能が弱まっていることを意味し、肌内部の水分が蒸発しやすくなっている状態です。まるで、家の壁にひびが入ってしまい、すきま風が入ってくるようなものです。このような状態では、肌は乾燥しやすくなり、外部からの刺激にも敏感になります。ですから、TEWLの値が高い場合は、肌のバリア機能を回復させるための適切な肌の手入れが必要となります。化粧水で水分を補給するのはもちろんのこと、乳液やクリームで油分を補い、蒸発を防ぐことも大切です。肌の状態を正しく理解し、適切な手入れをすることで、健やかでみずみずしい肌を保つことができるのです。

二つの測定方法

肌から出ていく水分の量を測る方法は、大きく分けて二通りあります。一つは開放系と呼ばれる方法、もう一つは閉鎖系と呼ばれる方法です。

開放系では、肌に測定器の先端部分を当てます。この測定器は、二点間の水分の濃度の違いを測ることで、肌から出ていく水分の量を計算します。計算には、フィックの法則と呼ばれる計算式が使われます。この方法は、周りの温度や湿度の影響を受けやすいという特徴があります。例えば、部屋の温度が高かったり、風が吹いていたりすると、正確な値が測れないことがあります。

一方、閉鎖系では、肌に密閉式の測定器の先端部分を当てます。この測定器は、先端部分の中の水蒸気の量の変化を測ることで、肌から出ていく水分の量を計算します。密閉されているため、周りの環境の影響を受けにくく、開放系よりも正確な値を測ることができます。

どちらの方法を使う場合でも、汗をかいていない状態で測ることが大切です。汗をかいていると、汗と蒸発する水分を区別することが難しく、正確な値が測れません。また、測定する部屋の環境も重要です。理想的なのは、温度が22度以下で、湿度と風の状態が一定の環境です。測定する体の部分は、服などで覆わずに外に出しておきます。そして、じっとして落ち着いた状態で、測定値が安定してから測るようにすることで、より正確な値を得ることができます。

測定値に影響する要因

肌の水分蒸散量を測る指標である経表皮水分蒸散量、いわゆるＴＥＷＬの測定値は、様々な要因によって変動します。人種や年齢、性別といった生まれ持った体質の違いはもちろん、測定する体の部位によっても値は大きく変わってきます。

一般的に、お腹や背中、太もも、二の腕といった体の胴体部分に比べて、顔のＴＥＷＬは高くなる傾向があります。特に頬は、他の部位の約二倍もの値を示すことがあります。これは、顔の皮膚が体の他の部分に比べて、角質層の水分量が多いことが原因だと考えられています。角質層は肌の一番外側にある層で、水分を保つ役割を担っています。この層に水分が多く含まれていると、蒸散する水分量も多くなるため、ＴＥＷＬの値が高くなります。

反対に、手や足はＴＥＷＬが低く、角質層の水分量も少ない傾向にあります。手足は外部環境にさらされることが多く、乾燥しやすい部分です。そのため、角質層の水分量も少なくなり、結果としてＴＥＷＬの値も低くなります。

このように、ＴＥＷＬと角質層の水分量は密接な関係があり、肌の状態を映し出す鏡のような役割を持っています。ＴＥＷＬが高いからといって必ずしも悪い状態ではなく、角質層の水分量が多いことを示している場合もあります。逆に、ＴＥＷＬが低いからといって良い状態とも限りません。角質層の水分量が少なく、乾燥している可能性もあります。これらの値を個別にみるのではなく、総合的に判断することで、肌の状態をより正確に把握し、適切なスキンケアを行うことが重要になります。

肌荒れの指標としての活用

肌は、体全体を覆う大切な器官であり、外部からの刺激から体を守ってくれています。健康な肌は、水分を適切に保ち、しっとりとした状態を維持しています。しかし、様々な要因によって肌のバリア機能が低下すると、肌は乾燥し、荒れやすくなってしまいます。この肌の状態を知る上で、経表皮水分蒸散量、つまり肌から蒸発する水分量を測ることは、とても役立ちます。

肌荒れが起こると、肌の表面にある角質層の水分が減少する一方で、経表皮水分蒸散量は増加します。これは、肌を守るバリア機能が弱まり、水分を保つ力が低下していることを示しています。つまり、肌が乾燥しやすくなり、外部からの刺激に敏感になっている状態です。このような肌の状態を数値で捉えることで、肌荒れの程度を客観的に評価することができます。

例えば、新しい化粧水や乳液の効果を確かめたい場合、使用前と使用後で経表皮水分蒸散量を測定し、比較することで、その効果を判断することができます。もし、使用後に経表皮水分蒸散量が減少していれば、その化粧水や乳液は肌のバリア機能を改善し、水分を保持する効果があると考えられます。

経表皮水分蒸散量の測定は、周囲の温度や湿度の影響を受けやすいという特徴があります。そのため、測定結果を正しく評価するためには、測定する場所の環境を一定に保つことが重要です。また、左右の頬など、体の同じような部分を測定し、比較することで、より正確なデータを得ることができます。例えば、片方の頬に新しい化粧品を使用し、もう片方の頬には何も使用せずに、両方の経表皮水分蒸散量を測定し比較することで、その化粧品が肌に与える影響をより明確に知ることができるでしょう。

肌のバリア機能の回復

私たちの肌は、外部からの刺激や乾燥から体を守る、バリア機能という大切な働きを持っています。このバリア機能は、肌の一番外側にある角層によって担われています。角層は、レンガのように積み重なった角層細胞と、その間を埋める細胞間脂質で構成されており、まるで壁のように体内からの水分蒸発を防ぎ、外からの異物の侵入を防いでいます。

このバリア機能は、傷ついたり弱まったりしても、自ら回復する力を備えています。例えば、角層をテープで剥がしてバリア機能を意図的に弱めた実験では、肌から蒸発する水分量（経表皮水分蒸散量、TEWL）を測定することでバリア機能の状態を調べることができます。すると、通常は数時間以内に元の値に戻ることが確認されています。これは、肌が本来持つバリア機能の回復力によるものです。そして、この回復の度合いを示す指標として、バリア回復率が用いられます。

興味深いことに、バリア機能の回復には、精神的な状態や周囲の環境が影響を与えることが近年の研究で明らかになってきました。例えば、強い不安や緊張を感じている時は、バリア機能の回復が遅くなる傾向があります。反対に、特定の香りを嗅ぐことで、バリア機能の回復が促進されるという研究結果も報告されています。

これらの研究成果は、私たちの日常生活において、肌のバリア機能を維持・向上させるために非常に役立ちます。健やかな肌を保つためには、毎日のスキンケアに加えて、ストレスを溜め込まないように心掛けること、そして良い香りに包まれたリラックスできる環境を作ることも大切と言えるでしょう。

適切な保湿で健康な肌を維持

肌の健康を保つ上で、適切な保湿は欠かせません。肌の水分が不足すると、乾燥してかさついたり、外部刺激を受けやすくなって様々な肌トラブルを引き起こす可能性があります。肌の水分蒸散量（ＴＥＷＬ）を測ることで、ご自身の肌の状態をより詳しく把握し、適切な保湿ケアを行うことができます。

ＴＥＷＬの値が高い場合は、肌を守るバリア機能が弱まっていると考えられます。バリア機能が低下すると、肌内部の水分が蒸散しやすくなり、乾燥を招きます。このような状態の時は、保湿を重点的に行いましょう。

保湿ケアの基本は、化粧水で肌に水分を与えた後、乳液やクリームで油分を補給し、肌の水分を閉じ込めることです。化粧水は、肌の奥まで水分を届ける役割を果たします。その後、乳液やクリームを重ねることで、水分の蒸散を防ぎ、肌の潤いを保ちます。クリームは乳液よりも油分が多く、保湿効果が高いので、特に乾燥が気になる方はクリームの使用をおすすめします。

毎日のスキンケアに加えて、生活習慣を整えることも美しい肌を保つ秘訣です。良質な睡眠は、肌の再生を促し、健康な状態を維持するのに役立ちます。また、バランスの良い食事は、肌に必要な栄養を供給し、肌の調子を整えます。適度な運動は、血行を促進し、肌の新陳代謝を高めます。さらに、ストレスは肌トラブルの原因となることもあるので、ストレスを溜め込まないように、リラックスする時間を持つことも大切です。

適切な保湿ケアと健やかな生活習慣を心がけることで、みずみずしく、ハリのある健康な肌を維持することができます。